自称、自他共に認められていたスガマニア(旧)

近年、てんで自分好みの音に出会えなくてね、かなり鬱憤が溜まってました。 最も最近よいなーと思ったのが、中東のアラブやエジプトの女性シンガーが歌うソウルやジャズやボッサでした。 サラーム海上さんの紹介で聴きましてん。 生楽器でそれらのジャンルそのまんまなんだけど、アラブ・イスラム独特のフレイヴァーがちりばめられてましてね、 とても…
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「Sly & The Family Stone」について

「Sly & The Family Stone」について 60年代後半から70年代前半のブラックミュージックは、精神的な意味において、ものすごい“ROCK”だった。その時代、いわゆるロックもロックとして機能していた。でも、その後のパンクよりも、ブラック・パワーはパンキッシュであったようだ。 もちろん、その時代の空気をリアルタイムに感…
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「スガシカオ&ボニーピンク、「サマーライブ in 上ノ国」 出演決定!!」について

「スガシカオ&ボニーピンク、「サマーライブ in 上ノ国」 出演決定!!」について 一般発売は、明日(6/17)からなんですけど、ぴあプレリザーブで、もう取れちゃいました! もう行くこと決定!! 後はどうやって行くかが問題だな。 最近、この二人が一緒にテレビに出てたりすることが何度かあって。それを見るたびに、ニンマリですよ。た…
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スガシカオ 「SPEED」 レビュー

新曲「フォノスコープ」は、CM大量オンエアのおかげで、みなさんサビだけでも耳馴染みだと思いますが。そのカップリングですよ! これがいいのである!! 「スガシカオ、FUNKツアー決定!!」について 前記事でこんなことを書いていた。 「SPEED」はまだ未聴なんだけど、これが一番楽しみかな! 自作の小説「SPEED」のとおり、そ…
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スガシカオ、FUNKツアー決定!!

やっぱさぁ、このところのPOP路線で、その反動が出ちゃうんだよなー! 待ってましたよ!シカオちゃん! やっぱこーでなくちゃ。 いやあ、生きてて良かった…(涙)。行きますよ!! Zepp、何年ぶりかなぁ…。 「FUNK大好き!」な皆様、朗報です! 全編スガFUNK! まさにファンク祭り(!?)のTOURが決定しました! …
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スガシカオ&ボニーピンク、「サマーライブ in 上ノ国」 出演決定!!

8月11日、北海道・上ノ国町で行われるイベント「サマーライブ in 上ノ国」に、スガシカオとBONNIE PINKが出演する。 上ノ国町「エゾ地の火まつり」の一環として行われるこの日のライブ。「夏の道南三大祭り」のひとつとされるこの祭りは、巨大な松明による送り火や花火大会により、川のほとりの特設会場が火の海と化すという盛大なもの。…
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音楽アンケート

「もしも、この世に、音楽がなかったら、  ○○は、どんなに、△△であっただろう・・・」 この○と△に思い浮かぶ言葉をご自由に当てはめてください!  なお、字数はかまいません。ちょっと文章を変えてもかまいません。 コメント、どしどし、よろしくお願いします!
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SMOKEY ROBINSON(スモーキー・ロビンソン) バイオグラフィー

1940年2月19日、デトロイト生まれ。本名ウィリアム・ロビンソン。“スモーキー”とは、その魅力的なファルセット・ヴォイスからつけられたあだ名である。 1955年に高校の友人らで結成されたミラクルズの前身となったコーラス・グループは、やがてベリー・ゴーディーJr.の目に留まり、ミラクルズは1959年にゴーディーが設立したモータウン・レ…
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SMOKEY ROBINSON & THE MIRACLES(ミラクルズ) バイオグラフィー

1955年、高校の友人らと共に、「ファイヴ・クライムス」として結成されたのが始まり。その後メンバー交代を経て「マタドールズ」と改名、1956年にはクローデット・ロジャース(のち1964年にはスモーキーと結婚、翌年グループを脱退)が加入し、オーディションでベリー・ゴーディーJr.の目に留まったことが彼らの転機となる。「ミラクルズ」と改名し…
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UA バイオグラフィー

1972年3月11日生まれ、大阪出身。ハスキーな声で落ち着いて関西弁を話すUA、スワヒリ語で「花」と「殺す」という意味を併せ持つことを気に入りアーティスト名にしてしまう妖しさと同時に、1人の女性としての感受性が人一倍強いという繊細さも最大の魅力である。デザインに興味があり美術系の短大に入学したが、アレサ・フランクリンやジャニス・ジョップ…
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一青窈 バイオグラフィー

1976年9月20日、東京生まれ。父は台湾人、母は日本人。生後間もなくから幼稚園卒業までを台北で過ごした。日本語、広東語、北京語、英語を話す。 慶応義塾大学在学中、アカペラ・サークルに所属しストリート・ライヴ活動を開始。2002年10月30日リリースのデビューシングル「もらい泣き」が、ロングセラーとなり70万枚を越えるセールスを記録、…
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MY LITTLE LOVER バイオグラフィー

サザン・オールスターズやMr.Chirdrenのプロデューサーとして知られる小林武史が、国立音楽大学4年に在学中のAKKOと出会ったのがきっかけ。小林武史のプロデュースの下、AKKOと藤井謙二の二人組のユニットという形で、95年にシングル「Man & Woman」でデビュー。「白いカイト」「Hello,Again~昔からある場所~」と立…
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KAN(カン) バイオグラフィー

1962年9月24日生まれ、福岡市出身。本名は木村和(キムラカン)。 幼い頃からピアノに親しみ、中高生時代にはバンドを経験。法政大学社会学部在学中に本格的にライヴ活動を開始。84年からはコンテストに積極的に参加し優秀な賞を取るなどして、87年4月25日、シングル「テレビの中に」、アルバム『テレビの中に』でデビュー。26ヶ月でシングル7…
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Kiroro(キロロ) バイオグラフィー

玉城千春(1977年4月17日生まれ)、金城綾乃(1977年8月15日生まれ)、共に沖縄県出身の女性デュオ。 Kiroroの名前はアイヌ語のKiroruとKiroro-anという言葉が由来。 95年、高校2年の時、放課後の音楽室で千春がオリジナル曲をアカペラで歌っていたところに、綾乃が伴奏をつけて遊んでいたのが結成のきっかけ。1996…
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The Gospellers (ゴスペラーズ) バイオグラフィー

1991年、早稲田大学のア・カペラ・サークル「Street Corner Symphony」内で村上と黒澤を中心にして結成されたヴォーカル・グループ。サークル内の活動に始まり、次第にクラブやライヴハウスでも人気を得、1994年8月にソウル・ヒップホップ系のインディーズ・レーベルのFILE RECORDSよりミニアルバム『Down To …
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K バイオグラフィー 

1983年11月16日生まれ。韓国ソウル出身。本名はカン・ユンソン。 日本語で歌う本格的なR&Bシンガー。 幼少の頃からゴスペルやR&Bといったブラックミュージックに親しみ、教会で続けていたピアノによるパフォーマンスがプロデューサーの目に留まるという、まるで黒人アーティストのようなデビューのきっかけ。ドラマ「H2~君といた日々~」の…
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久保田利伸 バイオグラフィー

1962年7月24日生まれ。静岡県出身。駒沢大学在学中に「ホッテントット」というファンクバンドを結成しEast Westコンテストにアフロヘアで出場、ベスト・ヴォーカル賞を受賞する。プロ契約後、まずは楽曲提供を開始し、ラップを取り入れた田原俊彦の「It’s BAD」が大ヒットし話題となる。そして1986年、「失意のダウンタウン」でデビュ…
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爆風スランプ バイオグラフィー

爆風銃(バップガン)のファンキー末吉とハヒフヘほーじん(後に江川ほーじんと改名)、スーパースランプのサンプラザ中野とパッパラー河合の4人で結成された爆風スランプは、1984年にシングル「週刊東京「少女A」」、アルバム『よい』でデビュー。3rdシングル「無理だ!決定版」がスマッシュヒット。「嗚呼!武道館」「大きな玉ねぎの下で」と武道館への…
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米米クラブ バイオグラフィー

1982年、文化学院の学生だったカールスモーキー石井、ジェームス小野田、BON、ジョプリン得能らが中心になり結成。ダンサーチーム「シュークリームシュ」、ホーンセクション「BIG HORNS BEE」を伴う大所帯バンドである。1985年、「I CAN BE」でデビュー。音楽的にはソウル/ファンク/ラテンを中心とした大所帯ならではのダンスミ…
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布袋寅泰 バイオグラフィー

日本が生んだ世界のギタリスト、布袋寅泰の生み出すオリジナリティ溢れるフレーズと、テクニック、そして長身を生かしたダイナミックなライブアクトは、国内はもちろんのこと、海外でもその評価は高い。彼は1980年、氷室京介等と共に「BOOWY」を結成し本格的にデビュー。彼のギタースタイルはそれまでの日本のロックにないもので、後のアーティストに大き…
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山崎まさよし バイオグラフィー

本名は山崎将義。1971年12月23日、滋賀県に生まれ、山口県防府市で育つ。 卓越したギターテクで知られる彼だが、初めての楽器はなんと中学時代に組んだバンドでのドラムである。高校卒業後にアルバイトした、周南市のBoogie Houseというライヴハウスで出合ったブルースが彼の音楽的ルーツとなる。93年、音楽の道を志し上京、横浜市桜木町…
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井上陽水 バイオグラフィー

1948年8月30日生まれ、福岡県田川市出身。本名は、同じく書いてイノウエアキミという。 1969年のデビュー時の名は、アンドレ・カンドレ。デビュー曲は「カンドレ・マンドレ」。全く意味不明の奇抜なネーミングだが、全く売れなかった。 1972年、井上陽水(ヨウスイ)と改名し、「人生が二度あれば」で再デビュー。73年、「夢の中へ」が初の…
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PUFFY-AmiYumi (パフィー) バイオグラフィー

大貫亜美は「ソニーSDオーディション」で合格。吉村由美はソニー主催の「ちょっとそこまでオーディション」で準優勝。亜美は一足早く歌手デビューしていたが、同じ事務所にいた由美と奇跡的に出会いPUFFY結成。奥田民生のプロデュースにより、1996年「アジアの純真」でデビュー。井上陽水の斬新な歌詞と二人の天然キャラクターが話題を呼び大ヒット、数…
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ANITA BAKER(アニタ・ベイカー) バイオグラフィー

1958年1月26日オハイオ州トレドに生まれ、ソウルの聖地デトロイトで育つ。12歳の頃から教会のゴスペル・クワイアーで歌い始め、高校時代から友人と音楽活動を始める。1975年、当時デトロイトで人気のあったバンドに加入し、バンド名をチャプター8と改名して1979年にデビュー。解散後、1983年にソロデビューし、『The Songstres…
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DONNA SUMMER(ドナ・サマー) バイオグラフィー

70年代、「ディスコの女王」と呼ばれ君臨した、いまだ現役のディーヴァ。 1948年12月31日ボストン生まれ。本名は、エイドリアン・ドナ・ゲインズ。教会のゴスペル・クワイアーで歌い始め、高校時代はロックバンドで活動。卒業後は、NYでソロ活動を開始するが、60年代後半に西独に渡り、ヨーロッパでミュージカルやスタジオ・ミュージシャン、バッ…
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GLORIA GAYNOR(グロリア・ゲイナー) バイオグラフィー

1949年9月7日ニュージャージー州生まれ。70年代のディスコ・ブームを代表し、いまだ現役のディスコ・ディーヴァ。まさに「Ⅰ Will Survive」。 1971年からソウル・サティスフィアーズのメンバーとして活動した後、1973年ソロデビューし、「Never Can Say Good-Bye」が、ビルボードが作ったディスコ・チャー…
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B.T.EXPRESS(B.T.エクスプレス) バイオグラフィー

1972年にニューヨークのブルックリンでプロデューサーのジェフ・レインによって結成されたファンク・ディスコ・バンド。「B.T.」とは「ブルックリン・トラッキング」の略。 1974年、デビューアルバム『Do It ('Til You're Satisfied)』から、タイトル曲と「Express」がヒットし、それらはビルボード・チャート…
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SISTER SLEDGE(シスター・スレッジ) バイオグラフィー

1971年にフィラデルフィアで結成された12歳から16歳の美人四姉妹のコーラス・グループ。ジャクソン5の姉妹版のような楽曲で売り出すも、大ヒットには恵まれなかった。70年代後半になりディスコ・ブームが訪れ、1979年、当時爆発的な人気を誇ったシックのナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズのプロデュースを受けた『ウィー・アー・ファミリ…
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CHIC(シック) バイオグラフィー

1970年代後半に現れたディスコブームを代表するスーパーグループ。 ナイル・ロジャースのシャープかつロック的なギターと、バーナード・エドワーズのグルーヴィーなソウル・ファンク的なベースが邂逅し生み出されたディスコ・ミュージック「ダンス・ダンス・ダンス」がフロアから火がつき、アトランティックとの契約を交わしメジャーデビュー。ニューヨーク…
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KC & THE SUNSHINE BAND(KC&ザ・サンシャイン・バンド) バイオグラフィー

70年代のディスコ・ブームを代表する、1973年マイアミで結成された白人黒人混合のディスコ・バンド。 リーダーのKCとベーシストのリチャード・フィンチのソングライティングチームは、共に白人でありながらもブラックフィーリングに溢れ、なおかつマイアミ出身ならではのカリビアンテイストがソウル・ファンク(ディスコ)サウンドに融合され、独特な陽…
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ZAPP(ザップ) バイオグラフィー

ZAPP FAMILYの中心人物、ロジャー・トラウトマンは、1951年11月29日、オハイオ州デイトンで生まれた。ZAPPとは、1978年に、ロジャー、レスター、ラリー、テリーのトラウトマン兄弟が中心となって結成されたソウル/ファンク・バンド。 同じオハイオ出身のオハイオ・プレイヤーズやブーツィー・コリンズに夢中になってファンクの洗礼…
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OHIO PLAYERS(オハイオ・プレイヤーズ) バイオグラフィー

1970年代を代表するR&B/ファンクバンド。ブルースとファンクの草分け的存在のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの影響が色濃く、タイトかつグルーヴィーなリズムとパワフルなホーンセクション、そして、セクシーなジャケットやアルバムタイトルが特徴。 1959年、オハイオ州デイトン(オハイオ・ファンクの聖地)で結成され(当時のバンド名は、オハ…
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THE METERS(ザ・ミーターズ) バイオグラフィー

ニューオーリンズ・ファンク(セカンド・ライン・ファンク)のパイオニア。 ネヴィル兄弟が中心となって7人編成で結成されたネヴィル・サウンズが、地元のクラブに雇われる際に人数削減を要求され、楽器組のファンキー・ミーターズとヴォーカル組のソウル・マシーンに分裂。そこでファンキー・ミーターズは、アラン・トゥーサンに認められ、1969年にザ・ミ…
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音楽が大好きでたまらない大人の秘密の集い

「音楽が大好きでたまらない大人の秘密の集い」 っていうウェブリSNSやってます。 しかし、今まで、私のHPもブログも音楽話ばっかなのに人が集まったことがない。なかなか受け入れられないのねぇ。まぁ、趣味全開してはいないけど。お堅いかな?人を呼ぶようなことはこのブログには書いちゃいない。 なんかいい方法ないかしら?と 大人の…
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Syrup16g バイオグラフィー

五十嵐隆(Vo&G)、中畑大樹(Dr)の2人からなるオルタナティヴ・ロックバンドSyrup16g(シロップジュウロクグラム)。 バンド名の由来は、某ドーナツショップでバンド名を考えていた際、その店のガムシロップの量が16gだったためと言われている。 五十嵐と中畑の2人が中心となり、94年にヴォーカルと佐藤(B)が加入しバンド活動を開…
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THEE MICHELLE GUN ELEPHANT バイオグラフィー

結成は1991年。下北沢のライヴハウス屋根裏を中心にプレイしていた。 93年、ライヴCD『マキシマム!マキシマム!マキシマム』をリリース。 そのエネルギッシュなパフォーマンスは次第に話題になっていく。 94年には渋谷クラブクアトロにて、ウィルコ・ジョンソン・バンドのオープニング・アクトを務め、95年には東名阪ツアーを行い、渋谷クア…
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THE HIGH-LOWS バイオグラフィー

1995年、THE BLUE HEARTSが解散し、そのフロントマンであった甲本ヒロトと真島昌利が中心となって結成。 数々のバンドでプレイしていた調先人、忌野清志郎の2・3’Sのドラマーで、ブルーハーツのディレクターであった大島賢治、ブルーハーツにキーボードでサポートしていた白井幹夫(2003年に脱退)というメンバー構成。ハイロウズと…
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エレファントカシマシ バイオグラフィー

1981年、中学の同級生だった宮本、石森、冨永で結成され、1986年に富永の高校の同級生だった高緑が加わり、不動のメンバーとなる。 同年「SDオーディション」で入賞し、1988年シングル「デーデ」、アルバム『エレファントカシマシ』で、エピックソニーよりデビュー。 豪快なロック・サウンドと毒のある歌詞やMC、異質なライヴなどで業界の注…
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尾崎豊 バイオグラフィー

1965年11月29日生まれ。東京都出身。 1982年、CBSソニーオーディションに合格。83年12月1日、シングル「15の夜」とアルバム『十七歳の地図』でデビュー。 84年3月、卒業を目前にして高校を中退する。7月の日比谷野音でのライヴ中、高さ7mの照明具から飛び降り左足を骨折。ステージに這いつくばりながら最後まで歌い切ったのは有…
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槇原敬之 バイオグラフィー

1969年5月18日生まれ。大阪府高槻市出身。 「AXIA MUSIC AUDITION'89」でグランプリと一万人審査員賞を受賞し、1990年10月25日、シングル「NG」、アルバム『君が笑うとき君の胸が痛まないように』でデビュー。 1991年、3rdシングル「どんなときも。」で大ブレイク、オリコン1位を獲得し190万枚のセールス…
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松任谷由実 バイオグラフィー

言わずと知れたJ-POPの女王:ユーミンは、1954年1月19日に八王子の老舗の呉服屋に生まれた。15歳の頃から天才少女として注目を浴びた荒井由実は、多摩美術大学在学中から本格的な音楽活動を行うようになり、1972年「返事はいらない」でデビュー。300枚しか売れず幻のシングルとなるが、翌年1stアルバム『ひこうき雲』で早くも第1次ユーミ…
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TULIP(チューリップ) バイオグラフィー

1970年、財津和夫を中心に福岡で結成。 当時は博多発のフォーク系ミュージシャンが多数存在したがチューリップもそのひとつであった。 当初は、吉田彰、安部俊幸、姫野達也、上田雅利というメンバー構成で、地元で人気を博したのち上京し、72年にシングル「魔法の黄色い靴」でデビュー。 財津はビートルズの影響を多大に受けており、和製ポール・マ…
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Off Course(オフコース) バイオグラフィー

小田、鈴木、地主らが、高校時代にフォーク・グループを結成したのがオフコースの始まり。 鈴木は東京工業大学に、小田は東北大学に進学するが、鈴木が仙台まで出向いて活動は続けられた。 1969年、第3回「ヤマハ・ライトミュージック・コンテスト」の仙台予選から勝ち進み、全国大会で2位を獲得。70年、シングル「群衆の中で」でデビュー。73年、…
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小田和正 バイオグラフィー

1947年9月20日生まれ、神奈川県横浜市出身。 1969年、オフコースを結成し、翌年4月5日、シングル「群衆の中で」でデビュー。ニューミュージック全盛期の中心的なバンドとなり数多くのヒット曲を生んだ。 ソロとしては、1986年にシングル「1985」、アルバム『K.ODA』で始動。1989年の東京ドーム公演でオフコースは解散。その後…
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BRIAN MCKNIGHT(ブライアン・マックナイト) バイオグラフィー

1969年6月5日ニューヨーク州バッファロー生まれ。 祖父は聖歌隊の指揮者であるという音楽一家で、子供の頃から教会に行きゴスペルに親しむ一方で、同時にあらゆる音楽を積極的に聴いていたという。ジャズ・バンドも作り活動もしたがその後大学を中退。デモ・テープなどを作りながらの活動の中、それがきっかけとなって契約を勝ち取る。そして、'92年に…
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PEABO BRYSON(ピーボ・ブライソン) バイオグラフィー

1951年4月13日サウスカロライナ州グリーンヴィル生まれ。シルキーヴォイスが特徴のR&Bシンガー。 音楽好きの両親の影響で幼い頃から音楽に親しみ、10代の頃からローカルバンドで歌い始め、70年代初頭には、アトランタのバング・レコードで、ソングライター、プロデューサーとなる。 1975年、アルバム『PEABO』でデビューし、それがメ…
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LIONEL RICHIE(ライオネル・リッチー) バイオグラフィー

1949年6月20日アラバマ州タスキーギ生まれ。 80年代を代表するR&Bシンガーではあるが、ブラック色は薄く、アダルト・コンテンポラリーに接近したことがその成功の要因のひとつといえよう。 大学の仲間でファンク・バンド「コモドアーズ」を結成し、モータウンと契約後、70年代はヒットを量産した。 元々サックス奏者の彼だが、ソングラ…
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MAURICE WHITE(モーリス・ホワイト) バイオグラフィー

1941年12月19日テネシー州メンフィス生まれ。 1970年代から現役のソウル/ファンク・バンド、アース・ウィンド&ファイアーのリーダーであり、ヴォーカリスト、ドラマー、ソングライター、プロデューサーを務めた、大所帯アースの顔である。 シカゴを拠点にしたレーベルでセッション・ドラマーとして活躍した後に、1966年からジャズ・ピ…
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MICHAEL JACKSON(マイケル・ジャクソン) バイオグラフィー

ご存知のとおり、アメリカのみならず世界を代表するポップ・スター。 1958年8月29日インディアナ州ゲイリー生まれ。音楽一家の五男として生まれ、幼い時からファミリー・グループ、ジャクソン5として芸能活動を始める。 1969年モータウンからデビュー・シングル「I Want You Back」(邦題「帰ってほしいの」)が全米No.1を獲…
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JERMAINE JACKSON(ジャーメイン・ジャクソン) バイオグラフィー

1954年12月11日インディアナ州ゲイリー生まれ。ご存知、アメリカを代表するポップ・スター、マイケル・ジャクソンやジャネット・ジャクソンを生み出したジャクソン音楽一家の長兄であり、1970年代前半、大ヒットを連発し国民的スターとなったジャクソン・ファイヴの初代リードシンガー兼ベーシスト。 1973年には、グループと平行してソロデビュ…
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