アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
YUMI@大人用音楽BLOG
ブログ紹介
「大人用音楽」というHPを開設しているYUMIと申します。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~yummie/index.htm
HPの内容は、
私、YUMIが大人的視点(を目指して)で音楽の偉大さと感動を伝える音楽室です。
私の音楽愛に溢れたエッセイとラヴレター、CDレビューやライヴレポートを綴っています。
YUMIの詳しい自己紹介はこちら。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~yummie/self-introduction.htm
当ブログの上右肩の「プロフィール」のページも見てね。

もうひとつブログを開設しました!
【若いスガマニアのためのブラックミュージック案内】
http://otona-ongaku-shop.at.webry.info/
自称:自他共に認める正真正銘のスガマニアである私YUMIが、スガシカオさん及びファミリーシュガーの大ファンではあるにも関わらず、彼らが敬愛する音楽(主にブラックミュージック)をあまり知らないという方のために、初心者向けにわかりやすくCDをご紹介します。これらの音楽を聴いていただけたら、もっとスガシカオの音楽が好きになるはずだし、もっと深く聴けるし、今まで以上に彼らのすごさを体感できるようになると思われます。是非、ご興味いただいたら、アマゾンリンクからご購入してください!

help RSS ブログ 新着記事

タイトル 日 時
「Sly & The Family Stone」について
「Sly & The Family Stone」について 「Sly & The Family Stone」について 60年代後半から70年代前半のブラックミュージックは、精神的な意味において、ものすごい“ROCK”だった。その時代、いわゆるロックもロックとして機能していた。でも、その後のパンクよりも、ブラック・パワーはパンキッシュであったようだ。 もちろん、その時代の空気をリアルタイムに感じているわけではないし、日本人だし、音楽としても、歴史的事実としても、評論的に得た知識によるところは大きいんだけれども。 ともかく、音楽的にも思想的にも、体制へ... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 5

2007/07/30 04:49
「スガシカオ&ボニーピンク、「サマーライブ in 上ノ国」 出演決定!!」について
「スガシカオ&ボニーピンク、「サマーライブ in 上ノ国」 出演決定!!」について 一般発売は、明日(6/17)からなんですけど、ぴあプレリザーブで、もう取れちゃいました! もう行くこと決定!! 後はどうやって行くかが問題だな。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 3

2007/06/16 19:34
スガシカオ 「SPEED」 レビュー
スガシカオ 「SPEED」 レビュー 新曲「フォノスコープ」は、CM大量オンエアのおかげで、みなさんサビだけでも耳馴染みだと思いますが。そのカップリングですよ! これがいいのである!! ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2007/06/15 19:32
スガシカオ、FUNKツアー決定!!
スガシカオ、FUNKツアー決定!! やっぱさぁ、このところのPOP路線で、その反動が出ちゃうんだよなー! 待ってましたよ!シカオちゃん! やっぱこーでなくちゃ。 いやあ、生きてて良かった…(涙)。行きますよ!! Zepp、何年ぶりかなぁ…。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 2

2007/06/06 22:38
スガシカオ&ボニーピンク、「サマーライブ in 上ノ国」 出演決定!!
スガシカオ&ボニーピンク、「サマーライブ in 上ノ国」 出演決定!! 8月11日、北海道・上ノ国町で行われるイベント「サマーライブ in 上ノ国」に、スガシカオとBONNIE PINKが出演する。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 2

2007/06/05 23:56
音楽アンケート
「もしも、この世に、音楽がなかったら、 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2007/05/15 01:50
SMOKEY ROBINSON(スモーキー・ロビンソン) バイオグラフィー
SMOKEY ROBINSON(スモーキー・ロビンソン) バイオグラフィー 1940年2月19日、デトロイト生まれ。本名ウィリアム・ロビンソン。“スモーキー”とは、その魅力的なファルセット・ヴォイスからつけられたあだ名である。 1955年に高校の友人らで結成されたミラクルズの前身となったコーラス・グループは、やがてベリー・ゴーディーJr.の目に留まり、ミラクルズは1959年にゴーディーが設立したモータウン・レコードの第1号アーティストとなる。多数の大ヒット曲を放ち、のちにスモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズと改名された彼らは、初期のモータウンを代表するグループとなる... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/18 23:41
SMOKEY ROBINSON & THE MIRACLES(ミラクルズ) バイオグラフィー
SMOKEY ROBINSON & THE MIRACLES(ミラクルズ) バイオグラフィー 1955年、高校の友人らと共に、「ファイヴ・クライムス」として結成されたのが始まり。その後メンバー交代を経て「マタドールズ」と改名、1956年にはクローデット・ロジャース(のち1964年にはスモーキーと結婚、翌年グループを脱退)が加入し、オーディションでベリー・ゴーディーJr.の目に留まったことが彼らの転機となる。「ミラクルズ」と改名した彼らは、1958年、ゴーディーのプロデュースによる「Get a Job」で、ニューヨークのレーベル「エンド・レコーズ」からデビュー。翌年、ゴーディーが新しく設立... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/18 23:27
UA バイオグラフィー
UA バイオグラフィー 1972年3月11日生まれ、大阪出身。ハスキーな声で落ち着いて関西弁を話すUA、スワヒリ語で「花」と「殺す」という意味を併せ持つことを気に入りアーティスト名にしてしまう妖しさと同時に、1人の女性としての感受性が人一倍強いという繊細さも最大の魅力である。デザインに興味があり美術系の短大に入学したが、アレサ・フランクリンやジャニス・ジョップリンの歌と出会い歌手を志す。大阪のクラブで歌っているところスカウトを受け、95年、藤原ヒロシのプロデュース「ホライズン」でデビュー。R&B女性ヴォーカリストブーム... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 18:14
一青窈 バイオグラフィー
一青窈 バイオグラフィー 1976年9月20日、東京生まれ。父は台湾人、母は日本人。生後間もなくから幼稚園卒業までを台北で過ごした。日本語、広東語、北京語、英語を話す。 慶応義塾大学在学中、アカペラ・サークルに所属しストリート・ライヴ活動を開始。2002年10月30日リリースのデビューシングル「もらい泣き」が、ロングセラーとなり70万枚を越えるセールスを記録、いきなりのブレイク。老若男女に愛される国民的な大ヒットとなった。12月18日には1stアルバム『月天心』をリリース、初の全国ツアー6公演を開催。2003年には、そ... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2007/03/07 18:06
MY LITTLE LOVER バイオグラフィー
MY LITTLE LOVER バイオグラフィー サザン・オールスターズやMr.Chirdrenのプロデューサーとして知られる小林武史が、国立音楽大学4年に在学中のAKKOと出会ったのがきっかけ。小林武史のプロデュースの下、AKKOと藤井謙二の二人組のユニットという形で、95年にシングル「Man & Woman」でデビュー。「白いカイト」「Hello,Again〜昔からある場所〜」と立て続けに大ヒットを送り、95年12月5日リリースの1stアルバム『evergreen』から小林武史も正式に加入し、3人組となる。このアルバムは320万枚を越すメガ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 18:00
KAN(カン) バイオグラフィー
KAN(カン) バイオグラフィー 1962年9月24日生まれ、福岡市出身。本名は木村和(キムラカン)。 幼い頃からピアノに親しみ、中高生時代にはバンドを経験。法政大学社会学部在学中に本格的にライヴ活動を開始。84年からはコンテストに積極的に参加し優秀な賞を取るなどして、87年4月25日、シングル「テレビの中に」、アルバム『テレビの中に』でデビュー。26ヶ月でシングル7枚アルバム5枚というハイペースでリリースし、高品質なポップスが音楽ファンの間で人気となっていた。5thアルバム『野球選手が夢だった』に収録されていた「愛は勝つ」が... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 17:53
Kiroro(キロロ) バイオグラフィー
Kiroro(キロロ) バイオグラフィー 玉城千春(1977年4月17日生まれ)、金城綾乃(1977年8月15日生まれ)、共に沖縄県出身の女性デュオ。 Kiroroの名前はアイヌ語のKiroruとKiroro-anという言葉が由来。 95年、高校2年の時、放課後の音楽室で千春がオリジナル曲をアカペラで歌っていたところに、綾乃が伴奏をつけて遊んでいたのが結成のきっかけ。1996年11月21日、インディーズからシングル「長い間/青のじゅもん」をリリース。沖縄限定発売にもかかわらず、1万枚を超える売上げを記録。それが徐々に話題となりラジオ・... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 17:45
The Gospellers (ゴスペラーズ) バイオグラフィー
The Gospellers (ゴスペラーズ) バイオグラフィー 1991年、早稲田大学のア・カペラ・サークル「Street Corner Symphony」内で村上と黒澤を中心にして結成されたヴォーカル・グループ。サークル内の活動に始まり、次第にクラブやライヴハウスでも人気を得、1994年8月にソウル・ヒップホップ系のインディーズ・レーベルのFILE RECORDSよりミニアルバム『Down To Street』をリリースする。その後メンバーチェンジを経て現在の編成となり、12月にはソニー/キューンよりシングル「Promise」でメジャーデビューを果たし、9... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 17:41
K バイオグラフィー 
K バイオグラフィー  1983年11月16日生まれ。韓国ソウル出身。本名はカン・ユンソン。 日本語で歌う本格的なR&Bシンガー。 幼少の頃からゴスペルやR&Bといったブラックミュージックに親しみ、教会で続けていたピアノによるパフォーマンスがプロデューサーの目に留まるという、まるで黒人アーティストのようなデビューのきっかけ。ドラマ「H2〜君といた日々〜」の主題歌となった2005年3月2日リリースの1stシングル「over…」は、オリコン6位を記録した。5月11日リリースの2ndシングル「抱きしめたい」は、話題のCM... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 17:33
久保田利伸 バイオグラフィー
久保田利伸 バイオグラフィー 1962年7月24日生まれ。静岡県出身。駒沢大学在学中に「ホッテントット」というファンクバンドを結成しEast Westコンテストにアフロヘアで出場、ベスト・ヴォーカル賞を受賞する。プロ契約後、まずは楽曲提供を開始し、ラップを取り入れた田原俊彦の「It’s BAD」が大ヒットし話題となる。そして1986年、「失意のダウンタウン」でデビュー。楽曲のオリジナリティ、抜群のリズム感と歌唱力で、たちまち高い評価を得て人気となる。1988年3rdアルバム『Such A Funky Thang!』が初のミリ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 17:23
爆風スランプ バイオグラフィー
爆風スランプ バイオグラフィー 爆風銃(バップガン)のファンキー末吉とハヒフヘほーじん(後に江川ほーじんと改名)、スーパースランプのサンプラザ中野とパッパラー河合の4人で結成された爆風スランプは、1984年にシングル「週刊東京「少女A」」、アルバム『よい』でデビュー。3rdシングル「無理だ!決定版」がスマッシュヒット。「嗚呼!武道館」「大きな玉ねぎの下で」と武道館への思いを歌っているが、1985年には武道館での初ライヴを果たしている。そのサウンドには、へヴィーでファンクなリズム隊にトリッキーなギターが乗るという高い演奏力があっ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 17:00
米米クラブ バイオグラフィー
米米クラブ バイオグラフィー 1982年、文化学院の学生だったカールスモーキー石井、ジェームス小野田、BON、ジョプリン得能らが中心になり結成。ダンサーチーム「シュークリームシュ」、ホーンセクション「BIG HORNS BEE」を伴う大所帯バンドである。1985年、「I CAN BE」でデビュー。音楽的にはソウル/ファンク/ラテンを中心とした大所帯ならではのダンスミュージック。ライヴではゴージャスなセットやコスプレともいえる衣装、そしてコント的な寸劇やMCと、そのエンターテイメント性を追求した演出は、すべて自分たちで手がけて... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2007/03/07 16:57
布袋寅泰 バイオグラフィー
布袋寅泰 バイオグラフィー 日本が生んだ世界のギタリスト、布袋寅泰の生み出すオリジナリティ溢れるフレーズと、テクニック、そして長身を生かしたダイナミックなライブアクトは、国内はもちろんのこと、海外でもその評価は高い。彼は1980年、氷室京介等と共に「BOOWY」を結成し本格的にデビュー。彼のギタースタイルはそれまでの日本のロックにないもので、後のアーティストに大きな影響を与えた。1988年には数々の伝説を残しながら解散。その後初のソロ・アルバムをリリースした後、吉川晃司と「COMPLEX」を結成するが、約1年半で解散。本格... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 16:51
山崎まさよし バイオグラフィー
山崎まさよし バイオグラフィー 本名は山崎将義。1971年12月23日、滋賀県に生まれ、山口県防府市で育つ。 卓越したギターテクで知られる彼だが、初めての楽器はなんと中学時代に組んだバンドでのドラムである。高校卒業後にアルバイトした、周南市のBoogie Houseというライヴハウスで出合ったブルースが彼の音楽的ルーツとなる。93年、音楽の道を志し上京、横浜市桜木町に居を構え、本格的な音楽活動を開始、この時代に多くの名曲を生む。95年、シングル「月明かりに照らされて」でデビュー。翌年、映画「月とキャベツ」の主演に抜擢され、サ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 16:30
井上陽水 バイオグラフィー
井上陽水 バイオグラフィー 1948年8月30日生まれ、福岡県田川市出身。本名は、同じく書いてイノウエアキミという。 1969年のデビュー時の名は、アンドレ・カンドレ。デビュー曲は「カンドレ・マンドレ」。全く意味不明の奇抜なネーミングだが、全く売れなかった。 1972年、井上陽水(ヨウスイ)と改名し、「人生が二度あれば」で再デビュー。73年、「夢の中へ」が初のヒットとなり、3rdアルバム『氷の世界』は、13週連続オリコン1位を達成し、日本音楽史上初のミリオンセラーという輝かしい記録を樹立した。そのヒットを受け、過去にリ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/07 16:25
PUFFY-AmiYumi (パフィー) バイオグラフィー
PUFFY-AmiYumi (パフィー) バイオグラフィー 大貫亜美は「ソニーSDオーディション」で合格。吉村由美はソニー主催の「ちょっとそこまでオーディション」で準優勝。亜美は一足早く歌手デビューしていたが、同じ事務所にいた由美と奇跡的に出会いPUFFY結成。奥田民生のプロデュースにより、1996年「アジアの純真」でデビュー。井上陽水の斬新な歌詞と二人の天然キャラクターが話題を呼び大ヒット、数々の新人賞を受賞。早くも97年には台湾や香港など活動域を広め、ソロ活動も開始し、テレビのレギュラー番組を持つなど、一躍国民的な人気者となる。リリースする曲はいずれ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/06 18:06
ANITA BAKER(アニタ・ベイカー) バイオグラフィー
ANITA BAKER(アニタ・ベイカー) バイオグラフィー 1958年1月26日オハイオ州トレドに生まれ、ソウルの聖地デトロイトで育つ。12歳の頃から教会のゴスペル・クワイアーで歌い始め、高校時代から友人と音楽活動を始める。1975年、当時デトロイトで人気のあったバンドに加入し、バンド名をチャプター8と改名して1979年にデビュー。解散後、1983年にソロデビューし、『The Songstress』をリリース。1986年にメジャーレーベルへ移籍後『Rapture』をリリース。1stシングル「Sweet Love」が世界的な大ヒットとなり、グラミー賞2部門... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/06 17:38
DONNA SUMMER(ドナ・サマー) バイオグラフィー
DONNA SUMMER(ドナ・サマー) バイオグラフィー 70年代、「ディスコの女王」と呼ばれ君臨した、いまだ現役のディーヴァ。 1948年12月31日ボストン生まれ。本名は、エイドリアン・ドナ・ゲインズ。教会のゴスペル・クワイアーで歌い始め、高校時代はロックバンドで活動。卒業後は、NYでソロ活動を開始するが、60年代後半に西独に渡り、ヨーロッパでミュージカルやスタジオ・ミュージシャン、バック・ヴォーカリストとして活動。1971年にはソロとして初レコーディングするも成功せず、74年にプロデューサー・チームのジョルジォ・モロダーとピート・ベロッテに出会... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/06 17:33
GLORIA GAYNOR(グロリア・ゲイナー) バイオグラフィー
GLORIA GAYNOR(グロリア・ゲイナー) バイオグラフィー 1949年9月7日ニュージャージー州生まれ。70年代のディスコ・ブームを代表し、いまだ現役のディスコ・ディーヴァ。まさに「T Will Survive」。 1971年からソウル・サティスフィアーズのメンバーとして活動した後、1973年ソロデビューし、「Never Can Say Good-Bye」が、ビルボードが作ったディスコ・チャートで初のNo.1となる。そして1978年、今もディスコ・クラシックの名曲・スタンダードとして君臨する「I Will Survive」が大ヒット。ディスコのみならず... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/06 17:27
B.T.EXPRESS(B.T.エクスプレス) バイオグラフィー
B.T.EXPRESS(B.T.エクスプレス) バイオグラフィー 1972年にニューヨークのブルックリンでプロデューサーのジェフ・レインによって結成されたファンク・ディスコ・バンド。「B.T.」とは「ブルックリン・トラッキング」の略。 1974年、デビューアルバム『Do It ('Til You're Satisfied)』から、タイトル曲と「Express」がヒットし、それらはビルボード・チャートで1位を獲得する。1975年には、「Give It What You Got」「Peace Pipe」、1976年には「Can't Stop Groovin' N... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/03/06 17:10
SISTER SLEDGE(シスター・スレッジ) バイオグラフィー
SISTER SLEDGE(シスター・スレッジ) バイオグラフィー 1971年にフィラデルフィアで結成された12歳から16歳の美人四姉妹のコーラス・グループ。ジャクソン5の姉妹版のような楽曲で売り出すも、大ヒットには恵まれなかった。70年代後半になりディスコ・ブームが訪れ、1979年、当時爆発的な人気を誇ったシックのナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズのプロデュースを受けた『ウィー・アー・ファミリー』が大ヒットし、商業的な大成功を収める。同じプロデュースチームで制作された次のアルバム『ラヴ・サムバディー・トゥデイ』も大ヒットとなり、シック・サウンドの申し子... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/03/05 15:00
CHIC(シック) バイオグラフィー
CHIC(シック) バイオグラフィー 1970年代後半に現れたディスコブームを代表するスーパーグループ。 ナイル・ロジャースのシャープかつロック的なギターと、バーナード・エドワーズのグルーヴィーなソウル・ファンク的なベースが邂逅し生み出されたディスコ・ミュージック「ダンス・ダンス・ダンス」がフロアから火がつき、アトランティックとの契約を交わしメジャーデビュー。ニューヨークのゲットー育ちの二人だが、シックという洒落たグループ名とビジュアルイメージを前面に押し出し、二人の女性ヴォーカルとトニー・トンプソンのタイトかつダイナミックなドラ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/05 14:54
KC & THE SUNSHINE BAND(KC&ザ・サンシャイン・バンド) バイオグラフィー
KC & THE SUNSHINE BAND(KC&ザ・サンシャイン・バンド) バイオグラフィー 70年代のディスコ・ブームを代表する、1973年マイアミで結成された白人黒人混合のディスコ・バンド。 リーダーのKCとベーシストのリチャード・フィンチのソングライティングチームは、共に白人でありながらもブラックフィーリングに溢れ、なおかつマイアミ出身ならではのカリビアンテイストがソウル・ファンク(ディスコ)サウンドに融合され、独特な陽気でポップなダンス・ミュージックに仕上がっていることが他のディスコ・バンドとは違った特徴で、マイアミ・サウンドと呼ばれる。 1973年にK.C. & the S... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/05 14:46
ZAPP(ザップ) バイオグラフィー
ZAPP(ザップ) バイオグラフィー ZAPP FAMILYの中心人物、ロジャー・トラウトマンは、1951年11月29日、オハイオ州デイトンで生まれた。ZAPPとは、1978年に、ロジャー、レスター、ラリー、テリーのトラウトマン兄弟が中心となって結成されたソウル/ファンク・バンド。 同じオハイオ出身のオハイオ・プレイヤーズやブーツィー・コリンズに夢中になってファンクの洗礼を受けた彼らだが、ZAPPの前身バンドとなったRoger & The Humanbodyが、1974年に地元にやってきたP-FUNKの前座を務めた際にジョージ・ク... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/05 14:35
OHIO PLAYERS(オハイオ・プレイヤーズ) バイオグラフィー
OHIO PLAYERS(オハイオ・プレイヤーズ) バイオグラフィー 1970年代を代表するR&B/ファンクバンド。ブルースとファンクの草分け的存在のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの影響が色濃く、タイトかつグルーヴィーなリズムとパワフルなホーンセクション、そして、セクシーなジャケットやアルバムタイトルが特徴。 1959年、オハイオ州デイトン(オハイオ・ファンクの聖地)で結成され(当時のバンド名は、オハイオ・アンタッチャブルズ)、マイナー・レーベルからデビューするがヒットに恵まれず、1970年には一度解散してしまう。しかし再編成され、「Pain」でマイナー再デビ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/05 14:27
THE METERS(ザ・ミーターズ) バイオグラフィー
THE METERS(ザ・ミーターズ) バイオグラフィー ニューオーリンズ・ファンク(セカンド・ライン・ファンク)のパイオニア。 ネヴィル兄弟が中心となって7人編成で結成されたネヴィル・サウンズが、地元のクラブに雇われる際に人数削減を要求され、楽器組のファンキー・ミーターズとヴォーカル組のソウル・マシーンに分裂。そこでファンキー・ミーターズは、アラン・トゥーサンに認められ、1969年にザ・ミーターズとしてデビュー。メンバーは、アート・ネヴィル、ジョージ・ポーターJr.、レオ・ノセンテリ、ジギー・モデリステの4人。デビューシングル「Sophistica... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/05 14:22
音楽が大好きでたまらない大人の秘密の集い
「音楽が大好きでたまらない大人の秘密の集い」 っていうウェブリSNSやってます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 8

2007/02/24 03:37
Syrup16g バイオグラフィー
Syrup16g バイオグラフィー 五十嵐隆(Vo&G)、中畑大樹(Dr)の2人からなるオルタナティヴ・ロックバンドSyrup16g(シロップジュウロクグラム)。 バンド名の由来は、某ドーナツショップでバンド名を考えていた際、その店のガムシロップの量が16gだったためと言われている。 五十嵐と中畑の2人が中心となり、94年にヴォーカルと佐藤(B)が加入しバンド活動を開始するが、96年にヴォーカルが脱退、五十嵐がヴォーカルも担当しSyrup16gとなる。 ライヴやデモテープ配布を重ね、99年12月、初CD「Free Throw... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/20 04:05
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT バイオグラフィー
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT バイオグラフィー 結成は1991年。下北沢のライヴハウス屋根裏を中心にプレイしていた。 93年、ライヴCD『マキシマム!マキシマム!マキシマム』をリリース。 そのエネルギッシュなパフォーマンスは次第に話題になっていく。 94年には渋谷クラブクアトロにて、ウィルコ・ジョンソン・バンドのオープニング・アクトを務め、95年には東名阪ツアーを行い、渋谷クアトロでワンマン・ライヴを成功させた。 また、ロンドンでレコーディングを行い、インディーから5曲入り「ワンダースタイル」をリリース、8都市を回るツアーを敢行。 ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/20 03:54
THE HIGH-LOWS バイオグラフィー
THE HIGH-LOWS バイオグラフィー 1995年、THE BLUE HEARTSが解散し、そのフロントマンであった甲本ヒロトと真島昌利が中心となって結成。 数々のバンドでプレイしていた調先人、忌野清志郎の2・3’Sのドラマーで、ブルーハーツのディレクターであった大島賢治、ブルーハーツにキーボードでサポートしていた白井幹夫(2003年に脱退)というメンバー構成。ハイロウズというバンド名は真島の考案。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/02/20 03:49
エレファントカシマシ バイオグラフィー
エレファントカシマシ バイオグラフィー 1981年、中学の同級生だった宮本、石森、冨永で結成され、1986年に富永の高校の同級生だった高緑が加わり、不動のメンバーとなる。 同年「SDオーディション」で入賞し、1988年シングル「デーデ」、アルバム『エレファントカシマシ』で、エピックソニーよりデビュー。 豪快なロック・サウンドと毒のある歌詞やMC、異質なライヴなどで業界の注目を集め独自の路線を歩むが、売上自体は伸びずに1994年にはエピックから解雇される。 メジャーを離れ、曲作りとライヴの地道な活動を強いられるが、翌年には新事務所... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/20 03:44
尾崎豊 バイオグラフィー
尾崎豊 バイオグラフィー 1965年11月29日生まれ。東京都出身。 1982年、CBSソニーオーディションに合格。83年12月1日、シングル「15の夜」とアルバム『十七歳の地図』でデビュー。 84年3月、卒業を目前にして高校を中退する。7月の日比谷野音でのライヴ中、高さ7mの照明具から飛び降り左足を骨折。ステージに這いつくばりながら最後まで歌い切ったのは有名なエピソード。 85年、4thシングル「卒業」がオリコン初登場20位、2ndアルバム『回帰線』がオリコン初登場1位を獲得。 85年11月にリリースされた3r... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/20 03:37
槇原敬之 バイオグラフィー
槇原敬之 バイオグラフィー 1969年5月18日生まれ。大阪府高槻市出身。 「AXIA MUSIC AUDITION'89」でグランプリと一万人審査員賞を受賞し、1990年10月25日、シングル「NG」、アルバム『君が笑うとき君の胸が痛まないように』でデビュー。 1991年、3rdシングル「どんなときも。」で大ブレイク、オリコン1位を獲得し190万枚のセールスを記録した。この曲で数々の音楽賞を受賞し、春の高校野球入場行進曲ともなった。 1992年、3rdアルバム『君は僕の宝物』がロングセラーとなり、初のミリオンセール... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/20 03:27
松任谷由実 バイオグラフィー
松任谷由実 バイオグラフィー 言わずと知れたJ-POPの女王:ユーミンは、1954年1月19日に八王子の老舗の呉服屋に生まれた。15歳の頃から天才少女として注目を浴びた荒井由実は、多摩美術大学在学中から本格的な音楽活動を行うようになり、1972年「返事はいらない」でデビュー。300枚しか売れず幻のシングルとなるが、翌年1stアルバム『ひこうき雲』で早くも第1次ユーミンブーム到来。75年の「あの日に帰りたい」が初のオリコン1位。76年アレンジャーの松任谷正隆と結婚し、松任谷由実となる。この頃からそれまでのフォークソングとは異な... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/20 03:12
TULIP(チューリップ) バイオグラフィー
TULIP(チューリップ) バイオグラフィー 1970年、財津和夫を中心に福岡で結成。 当時は博多発のフォーク系ミュージシャンが多数存在したがチューリップもそのひとつであった。 当初は、吉田彰、安部俊幸、姫野達也、上田雅利というメンバー構成で、地元で人気を博したのち上京し、72年にシングル「魔法の黄色い靴」でデビュー。 財津はビートルズの影響を多大に受けており、和製ポール・マッカートニーであることを自認するほどであるが、多くのビートルズ・フォロワーがひしめく中、チューリップのメロディアスな楽曲群は突出していた。 73年3rdシングル... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/20 03:07
Off Course(オフコース) バイオグラフィー
Off Course(オフコース) バイオグラフィー 小田、鈴木、地主らが、高校時代にフォーク・グループを結成したのがオフコースの始まり。 鈴木は東京工業大学に、小田は東北大学に進学するが、鈴木が仙台まで出向いて活動は続けられた。 1969年、第3回「ヤマハ・ライトミュージック・コンテスト」の仙台予選から勝ち進み、全国大会で2位を獲得。70年、シングル「群衆の中で」でデビュー。73年、1stアルバム『僕の贈り物』をリリース。 当時はフォーク・スタイルが全盛期で、オフコースはまだメインストリームに上った感はなかったが、徐々にメランコリックなラヴ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/20 03:02
小田和正 バイオグラフィー
小田和正 バイオグラフィー 1947年9月20日生まれ、神奈川県横浜市出身。 1969年、オフコースを結成し、翌年4月5日、シングル「群衆の中で」でデビュー。ニューミュージック全盛期の中心的なバンドとなり数多くのヒット曲を生んだ。 ソロとしては、1986年にシングル「1985」、アルバム『K.ODA』で始動。1989年の東京ドーム公演でオフコースは解散。その後、10月18日シングル「Little Tokyo」で本格的にソロアーティストとしての活動を本格的に開始した。1991年、TVドラマ「東京ラブストーリー」の主題歌「... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/20 02:52
BRIAN MCKNIGHT(ブライアン・マックナイト) バイオグラフィー
BRIAN MCKNIGHT(ブライアン・マックナイト) バイオグラフィー 1969年6月5日ニューヨーク州バッファロー生まれ。 祖父は聖歌隊の指揮者であるという音楽一家で、子供の頃から教会に行きゴスペルに親しむ一方で、同時にあらゆる音楽を積極的に聴いていたという。ジャズ・バンドも作り活動もしたがその後大学を中退。デモ・テープなどを作りながらの活動の中、それがきっかけとなって契約を勝ち取る。そして、'92年には遂にデビューを果たす。ヴァネッサ・ウイリアムスとのデュエット「ラヴ・イズ」や「ワン・ラスト・クライ」などが全米チャートのトップ5に入り、その名は一躍音楽シーンに... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/12 18:07
PEABO BRYSON(ピーボ・ブライソン) バイオグラフィー
PEABO BRYSON(ピーボ・ブライソン) バイオグラフィー 1951年4月13日サウスカロライナ州グリーンヴィル生まれ。シルキーヴォイスが特徴のR&Bシンガー。 音楽好きの両親の影響で幼い頃から音楽に親しみ、10代の頃からローカルバンドで歌い始め、70年代初頭には、アトランタのバング・レコードで、ソングライター、プロデューサーとなる。 1975年、アルバム『PEABO』でデビューし、それがメジャーにも認められ、キャピトルに移籍する。 1978年、メジャー・デビューとなったアルバム『Reaching For The Sky』が大ヒット。 以後、彼の... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/11 17:46
LIONEL RICHIE(ライオネル・リッチー) バイオグラフィー
LIONEL RICHIE(ライオネル・リッチー) バイオグラフィー 1949年6月20日アラバマ州タスキーギ生まれ。 80年代を代表するR&Bシンガーではあるが、ブラック色は薄く、アダルト・コンテンポラリーに接近したことがその成功の要因のひとつといえよう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/11 17:40
MAURICE WHITE(モーリス・ホワイト) バイオグラフィー
MAURICE WHITE(モーリス・ホワイト) バイオグラフィー 1941年12月19日テネシー州メンフィス生まれ。 1970年代から現役のソウル/ファンク・バンド、アース・ウィンド&ファイアーのリーダーであり、ヴォーカリスト、ドラマー、ソングライター、プロデューサーを務めた、大所帯アースの顔である。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/02/11 17:31
MICHAEL JACKSON(マイケル・ジャクソン) バイオグラフィー
MICHAEL JACKSON(マイケル・ジャクソン) バイオグラフィー ご存知のとおり、アメリカのみならず世界を代表するポップ・スター。 1958年8月29日インディアナ州ゲイリー生まれ。音楽一家の五男として生まれ、幼い時からファミリー・グループ、ジャクソン5として芸能活動を始める。 1969年モータウンからデビュー・シングル「I Want You Back」(邦題「帰ってほしいの」)が全米No.1を獲得、その後もNo.1ヒットを連発し国民的な人気を得る。若干11才ながらリード・ヴォーカルで踊りも達者なマイケルはすぐさまアイドルとして人気を集めた。 1971年... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/11 17:24
JERMAINE JACKSON(ジャーメイン・ジャクソン) バイオグラフィー
JERMAINE JACKSON(ジャーメイン・ジャクソン) バイオグラフィー 1954年12月11日インディアナ州ゲイリー生まれ。ご存知、アメリカを代表するポップ・スター、マイケル・ジャクソンやジャネット・ジャクソンを生み出したジャクソン音楽一家の長兄であり、1970年代前半、大ヒットを連発し国民的スターとなったジャクソン・ファイヴの初代リードシンガー兼ベーシスト。 1973年には、グループと平行してソロデビューする。 1976年にジャクソン・ファイヴがモータウンを離れエピックに移籍するが、ジャーメインは1973年にモータウンの社長であるベリー・ゴーディーの娘のヘーゼ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/11 16:29
JACKSON 5(ジャクソン5) バイオグラフィー
JACKSON 5(ジャクソン5) バイオグラフィー ご存知、ジャクソン家(インディアナ州ゲイリー)の天才兄弟5人によって結成されたグループ。 1966年頃から数々のタレント・ショウなどで優勝し、インディーからシングルを1枚発表しローカル・ヒットを記録する。 1969年、モータウンのオーディションに合格し契約。翌年、『ダイアナ・ロス・プレゼンツ』という形で出された1stアルバムから1stシングル「I Want You Back」(邦題「帰ってほしいの」)が全米No.1を獲得、その後も「ABC」「The Love You Save」「I’ll B... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/02/11 16:15

続きを見る

トップへ

月別リンク

YUMI@大人用音楽BLOG/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]